日本総合悲劇協会Vol.6『業音』

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第2回 ゲスト:伊勢志摩





『業音』初演では自身の名前「志摩」という役を演じた伊勢志摩に聞く、15年前に一体何があったのか……?





『業音』初演の現場の様子



宮崎 初演の『業音』は稽古場がなんか大変だったという噂を聞きました。伊勢さんは『業音』の初演に出演されているので、戦場から生存した帰還兵の証言……じゃないですけれども。15年前の稽古場は修羅場だったのか、あるいはそうでもなかったのか。そのへんのことをお話しできれば。
伊勢 なるほどなるほど。
宮崎 とりあえずうかがえる範囲のことからでいいので。
伊勢 あんまり覚えてないんですけど、とにかくつらかったんですよ。なんていうのかなあ、全体的に悶々としてるっていうか、もわぁっとした空気の中で進んでいく感じというか。突破口がない感じ? たとえば、『ウェルカム・ニッポン』で池津(祥子)さんが北朝鮮の女性ニュースキャスターに扮して韓国語をベラベラ喋るシーンがあったじゃないですか。
宮崎 ええ、ええ。
伊勢 ああいうわかりやすい面白シーンがあれば、稽古中みんなが一丸となってあそこを見て爆笑するみたいな空気になるんだけど、そういう明るさがないというか。みんながそれぞれに悩んでるんだろうなあっていう雰囲気を感じてましたね。
宮崎 その雰囲気のまま、本番まで突入した感じですか? 
伊勢 それぞれがぼんやりと悩んで、どんどんナーバスになっていた印象かな。楽屋がね、個室じゃなくてみんな一緒だったんですよ。「男楽屋」「女楽屋」で。私と康本(雅子)さんはわりとベラベラどうでもいい話をしてたんだけど、そんな話をする時も、ちょっと声を抑えつつ、みたいなところがあって。それに比べて男子の楽屋は大爆笑とかしてるから、「仲良いわねぇ~!」って感じでした。だから、おそらく私が思ってるほど、男子チームは悶々としていなかったのかもね。
宮崎 村杉(蝉之介)くんと皆川(猿時)くんの役は、それまでと比べて、『業音』が特別っていう感じではなかったですよね。いつも通りビンタして、チュー(キス)して、土下座して。



伊勢 特殊なことをやらされているわけではなかったですよね。
宮崎 はいりさんは何度も松尾さんのお芝居出てましたが、今までとは違う一風変わった役柄でしたね。『業音』観て今更ながら、なんだこの人は!?ってビックリしたんですよ。それで、その時の心境を、僕の感想込みで語る(片桐)はいりさんのインタビューが、『ユリイカ』(2003年2月臨時増刊号 総特集=松尾スズキ)に載っていたんで、ちょっと長いんですけど、読みますね。 「この間の(『業音』の)役は、ほんとわからなかったので。面白かったです。大人計画の宮崎吐夢さんっていう評論家みたいな話をする方がいらっしゃるんですけれど、宮崎さんがゲネプロを見に来て、中日過ぎてだいぶ終わりころにもう一回来たんです。その時に私に直接ではなく、他の人に言ってるのが聞こえてたんだけれど、『はいりさんはゲネプロでやっていた時のほうが全然面白かった』『あのわかんない感じが……もう本当にアナーキーだった』『やっぱり、本番になったらちゃんと自分で、ちゃんと意味をつけてやってござらっしゃる』みたいなことを言っていたんですよ。『あぁ、なるほど、面白いこと言うな』と思って聞いてたんですけど、やっぱり本番になったらそれなりに、人が見る意味もつくようになってくるから、どうしてもそれはしょうがない。そんなことで『業音』には思い入れがあります。(中略)久々にアナーキーな感じを味わったなと言いたかったんです。この間の『業音』には、結構そういうところがありました。(中略)最初本を読んだ時『松尾さん、何に喧嘩売ってんだろう』ってちょっと思ったんです。だったらがんばって『何と喧嘩するのか知らないけど、何かと闘いましょうや』っていう気持ちではあったんですよね」
伊勢 へえー。はいりさんも面白いし、あなたも面白いね。
宮崎 敬愛する大先輩に対して、生意気なこと申し上げまして。
伊勢 はいりさんの役は、確かにわけわかんなかったですよね。私も、やってる当時は何が面白いのか全然わかんなかったし、お客さん笑うのかな?って思ってたんです。ストーリーも説明できないし。でも、かなり前に台本を読み直したらすんごく面白くて。おもしろーい!と思ったんですよ。
伊勢 劇場が草月ホールっていうのもすごい不思議で。それも悶々としたイメージにつながるんだけど。かっこいいんだけど、「晴れやかでバカ爆発!」みたいな世界では全然ないから。
宮崎 お客さんとして観た時は、そのヘンさも効果的ですごく面白かったです。
伊勢 全体的に実験的な感じした?
宮崎 したした。アートな感じというか、勅使河原宏感。モノクロ感。
伊勢 そうかそうか。セットも白い空間だったしね。
宮崎 草月流のお膝元だけに、役者もどこか“生け花”みたいな。そこに、音楽と振り付けが入って、あたかも前衛芸術のようでしたよ。だから、別の劇場で再演したらどんなふうになるのか、ちょっと想像つかないですよね。
伊勢 私、松尾さんの再演って『キレイ』と『愛の罰』しか出たことないんですよ。『母を逃がす』の再演は、初演にかなり近かったんでしょ?
宮崎 かもしれないですね。
伊勢 だから、同じ感じでやるのか、変えていくのかもわからないし、松尾さんがどんな面白そうなことや無茶っぽいことをやらせようとするのかわからないから、緊張しますよね。初演のアナーキーさをどんなところにぶつけるのか……。
宮崎 それともぶつけないのか。とにかく初演をご覧になったお客さまも全然違う印象の作品になるんでしょうね。



初めてのスキンヘッド



宮崎 具体的に嫌だったみたいなことはありますか?
伊勢 いや、これやるの嫌だなとか、これ苦手だなっていうのは特になかった気がするなあ。
宮崎 スキンヘッドになったことは?
伊勢 『業音』をやる全然前……1年ぐらい前かな? 松尾さんから「お前、次の芝居でスキンヘッドになれる? なれるんだったら出すよ」みたいなことを言われたんですよ(笑)。日常生活でスキンヘッドにすることなんて絶対ないし、何かの機会があればやってみたいなと思ってたから、「あっ、全然やりますよ」って言って。
宮崎 似合ってましたしね。
伊勢 舞台だから完璧に剃らなくてもスキンヘッドだってわかると思うんだけど、頭がざらっとしてくるのがイヤで、ぎっちり剃りたくなるんですよ。それで、電気カミソリじゃなくてT字のカミソリで剃ってた。でも、皮膚がブツブツになっちゃうんですよね。痛くはないんだけど、その上からまたドーラン塗ったりするから、とにかく汚らしい。雑菌が入るからなのかなあ。
宮崎 頭のうしろも自分で剃ってたんですか?
伊勢 やってましたね。「あ、ここ残してる!」って、ビッチリ。血が出そうなぐらいまでやりたくなっちゃうの(笑)。そうそう、『業音』の本番を観たあと、楽屋に中村獅童さんがいらして。全然お話したことなかったんですけど、うしろのドアからいらっしゃって、いきなり私の頭をパチーンと叩いて、「仲間だねー!」って言われました(笑)。
宮崎 『ピンポン』でスキンヘッドにしたから。
伊勢 「あ、どうもぉ、ありがとうございまぁす」って、ちょっとびっくりした(笑)。



宮崎 こないだ僕の楽屋にも来てくれましたよ、中村獅童さん。会うの10年ぶりぐらいなのに、「おー! 相変わらず面白いねえ!」みたいな感じで気さくで。嬉しかったです。
伊勢 私も嬉しかった。頭パチーンはびっくりしたけど(笑)。
宮崎 スキンヘッドのあいだはカツラをかぶっていたんですか?
伊勢 そうそう。事務所に買っていただいて。その時は映画館でバイトしてたんでかぶってましたね。
宮崎 レディースマープ?
伊勢 デパートの片隅にあるじゃないですか。ああいうところで買って。
宮崎 人気(ひとけ)がないフロアね?(笑)。あるある。
伊勢 当時入院してた(大人計画社長)長坂さんのお見舞いに行った時に、「まぁ、カツラカツラしたカツラだねー」って言われた覚えがある(笑)。
(長坂) そうだっけ。伊勢ちんがお見舞いに来てくれた時は、トトロのぬいぐるみを持ってきてくれたことしか覚えてない(笑)。入ってくるなり、「長坂さん、トトロ好きですよね?」って。
宮崎 はははははは。
伊勢 ぜんっぜん覚えてない! ほんとですか?
(長坂) びっくりした! 伊勢ちんとトトロの話したこと1回もないのに。むしろ私、『となりのトトロ』観たことないのに。
伊勢 勝手に持ってったんだ。「好きなんだろう?」って(笑)。
宮崎 そういうお父さんいるよね。子供の趣味を全然わかってないでプレゼント押し付けるお父さん。
(長坂) まだトトロ、うちにいますよ。
伊勢 よかったあ。



大切なのは、「健康」と「自分が主役と思うこと」



宮崎 伊勢さんのなかで、『業音』と他のお芝居の大きく違ったところって、何かあります?
伊勢 私ね。それまで大人計画の芝居に出て、本番でつらいと思ったことはあんまりなかったんですよ。
宮崎 稽古中は?
伊勢 稽古中はつらいこともあるし、ヤダなあとか、できないなあとか、いっぱい思ってますけど(笑)、本番に入ったら誰にも止められないからやるしかないじゃん、みたいなところがある。でも、『業音』で初めて心が負けそうになったんですよ。みんながガヤガヤ集まってるところに私がバーンと飛び出していって、「お前ら、私の話を聞け!」みたいに暴れて、場をかき混ぜるシーンがあるんですけど、スイングドアから飛び出す時に、いつも「ダメだ、負ける気がする。今日は負ける」みたいな。「荻野目(慶子)さんを追いつめるところまで自分の気持ちをキープできないかも、くにゃっとなっちゃうかも、怖い!」って、スイングドアの前でいつも思ってた。舞台に飛び出していかなきゃいけない場面なのに、その直前に「負ける気がする」と思うのって、すごく怖いじゃないですか。つまり、出たくないってことなんですよね。本番終わっても、「あー、すっきりした!」みたいなことがなかったんですよ。「よかった、今日も失敗しなくて。でもこれで合ってんのかな? 今のでよかったの?」みたいな。「私、もしかしたらお芝居を辞めるのかもしれない、これで」って初めて思いました。
宮崎 お客さんの反応はどうだったんですか?
伊勢 観に来てくれたお客さんたちはみんな褒めてくれたんです。だから、「ああ、よかった。これでいいんだ、これでいいんだ、これでいいんだ」って言い聞かせて、最終的には気持ちよく終わって。今ではいい芝居だったなあって思い出になってますけど、こうやって話していると、そういえばキツかった……って色々思い出します。
宮崎 何がそんなにキツかったんでしょうか。
伊勢 なんだろうなあ。人とのやりとりがないからかな。全員の役がそうだと思うんだけど、はいりさんの台詞も、平岩(紙)さんの台詞も、私の台詞も、とにかくひとりひとりが、台詞のやりとりじゃなくて、なんか観念的なことをひとりでしゃべってる感じじゃないですか。相手とのやりとりでどうにかなる話じゃなくて、自分ひとりでやんなきゃいけない、みたいなのがつらかったんじゃないかな。そういうの、ない?
宮崎 僕、わりとそんな役ばっかだから(笑)。
伊勢 ははははは。そうですねえ。
宮崎 バーン!って飛び出てって、ぎゃー!って言いながら、自分勝手に引っ掻き回して、長台詞言って帰っていく役。
伊勢 吐夢さんはそういう役をずっとやってきて、怖かったことはなかったんですか?
宮崎 僕、最初にひとり長台詞的な役をいただいたのが、『ファンキー!』(1996年)で。でも確かに全然出来なくて、松尾さんから「おろすぞ」とかずっと言われて。本番3日くらいまで。そしたら休憩中に長坂さんから「宮崎くん。今回、宮崎くんは主役なんだよ」「主役だと思ってやりなよ」って言われたことがあって。



伊勢 ああ~。「俺時間」の主役っていうか、「ここを仕切る」っていう気持ちということか。それ、私は『業音』までわかんなかったんですよね。
(長坂) そんなこと言ったわりには、どんな役だっけ?
宮崎 オトコガワムギノスケっていう、アルビノの女方の役。
伊勢 白塗りで。ものすごく印象深いです。
宮崎 それで稽古場では全然ダメだったんですけど、初日の幕が開いて、舞台に出てったらお客さんが今までになくウケてくれて。その『ファンキー!』以降、お客さんに認識していただいたところがありますね。
伊勢 吐夢さんがひとりで出てきて、わーって喋って去っていくコーナーを、松尾さんもあの作品から作ってくれだした。
宮崎 それまではお客さんも「誰こいつ?」というか、どう接していいかわかんないみたいな感じだったのが、接し方に気づいてくれたというか。
伊勢 「宮崎コーナー」が来た、みたいなのがわかりやすくなったんですかね。
(長坂) でもそれってさ、本人の精神がお客さんに教えてるんだと思う。
伊勢 「主役と思ってやる」って、そういうことですよね。
(長坂) そうそうそう。
伊勢 そういう意味では、『業音』は「ひとり」「ひとり」の芝居なので、「自分が台詞を言ってる時に主役だと思ってやる」のが大事だっていうことですよね。
宮崎 わかりました。そろそろまとめに入りたいと思いますが、今回の『業音』再演。伊勢さんの意気込みとかあります? また15年前のつらさ、キツさがぶり返さないように、今回はこうしたいとか。
伊勢 どうだろう。やってみないとわかんないですね。自分の中でも色々変化してるし。やっぱり今はね、年寄りっぽいんだけど、身体を壊さず最後までやるっていうことに、自分の気持ちの85%ぐらいのエネルギーを注いでるんです。だから、怪我とかしないで、喉ケアをして、声を出していきたいです。
宮崎 伊勢さん、なんかの千秋楽でも声ガラガラになってましたよね。
伊勢 ギャーって最初に叫ぶヤツだから……『イケニエの人』ですよ。
宮崎 あ、そうだ。『イケニエ』の千秋楽で、舞台にひとり高見山みたいな声の人がいて(笑)。
伊勢 本番が始まってから、さらに舞台上でどんどんどんどん声が出なくなっていくっていう。一緒に出てる人も笑うぐらい。阿部(サダヲ)くんとか平気でゲラゲラ笑ってた(笑)。
宮崎 笑ってた、笑ってた。阿部くんがね、伊勢さんの台詞があまりにも聞こえないから、「え? 〇〇って言ってるの?」って、いちいちリピートしたことがあった。
伊勢 言ってくれたんですよ(笑)。あと、私は経験してないですけど、足の小指を骨折したりとかもつらそう、細かい怪我も恐ろしいですよぉ。風邪を引くとかもヤダもん。
宮崎 舞台の俳優さんってたいへんですよね。特に大ベテランの役者さんが出てるロングラン公演なんて、最後まで舞台に立ち続けられる保証ないのによく何か月も前からチケット発売しますよね。
伊勢 だよねぇー? だから、舞台に出続けていた森光子さんとかが尊敬される意味がわかります。
宮崎 そうですね。あのう、これ本来「次回作への意気込みを語る」みたいなコーナーのはずだったんですが(笑)、伊勢さんの結論は「風邪ひかない」「怪我しない」「喉をケアする」。なんだか『壮快』(老人向け健康雑誌)みたいな、抱負をちょうだいいたしました。ありがとうございました。
伊勢 ありがとうございます。