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第1回 ゲスト:池津祥子
15年前の『業音』初演で平岩紙と内田滋啓(現・内田滋)が演じた兄妹役を演じる池津祥子と宮崎吐夢。『業音』初参加のふたりが語る、作品のこと、役への意気込みとは……?
『業音』初演の思い出
宮崎
『業音』対談の前に。昨晩はわざわざ、お芝居(宮崎が出演した『新世界ロマンスオーケストラ』)を観に来てくれてありがとうございます。
池津
素晴らしかったですよ。そのあとふたりで大久保のネパール料理屋さんに行ったんだよね。
宮崎
舞台の感想を聞くついでに、実は今日する『業音』の話もそこであらかたしてしまいました。
池津
そうなんだよね(笑)。
宮崎
「明日の対談でも同じこと言うから、同じリアクションしようね」みたいな話もしましたね。
池津
したした。でも、昨日何話したか内容をまったく覚えてない(笑)。
宮崎
僕もですよ(笑)。 なんだか大山のぶ代夫妻みたいになってますよ、我々。
池津
ははははは。
宮崎
では、あらためて司会進行っぽく。『業音』の初演を観た時の印象は? どんなことを覚えてますでしょうか。
池津
初演の時は、ゲネを観たあと、本番を1回観たぐらいなんですよ。稽古場にも行ってないし、台本も読んでないから、松尾さんが水の上をチューッとすべって、丸裸で客席に落ちてったこととか、衝撃的な映像が流れることとか、最後に尻の穴を見るとか……そういうざっくりとしたことしか覚えていなくて。
宮崎
僕もすごく衝撃を受けて、驚くほど面白かったはずなのに、どんな話だったのかストーリーを何故かまったく思い出せないんです。
池津
要素がすごく多いし、人が乗り替わっていったりするのを整理しながら観るから、その情報量に頭が追いつかなくて。役者それぞれの面白さとか笑いもいっぱいあるから、そっちに気を取られたりもしてたし。でも、今回改めて台本を読んで、「うわー、こんなに面白い言葉を発していたのだ!」とわかってびっくりしましたね。
(長坂/大人計画社長)
私はね、初演の時は切迫早産で入院していて、台本を何ページかずつ渡されて途切れ途切れで読んでたから、ずーっと観念的なことを言ってるような印象だったの。でも再演に向けて改めて台本を読んだら、思っていたより全然観念的じゃないからびっくりしたんですよ。更に、動いてる人の説得力とか、演出の力がプラスされて芝居になるんだなぁと思うんですよね。
池津
『業音』って何年ぶりにやるんですか?
宮崎
15年ぶりですね。
池津
そうかあ。15年ぶりにやると、初演のあのスピード感がどういうふうになるんだろうなあと思うんですよね。初演に出ていた人も、今回初めて出る人もそうだけど、みんなもういい歳だから(笑)。役者の1回あたりの言葉数がとにかく多いし、わーっと長台詞もあるしね。
宮崎
2010年に『母を逃がす』を11年ぶりに再演したら、上演時間が初演(1999年)より20分以上長かったじゃないですか。
池津
そうだったっけ。
宮崎
稽古2日目に「台本持っていいから、明日頭から最後まで通す。初演の映像見て、出ハケ確認しといて」と言われて、あわてて初演の時の映像を見返したら、みんなすごい早口で、誰も相手の台詞聞いてなくて、ガンガン食い合ってて。
池津
そうだっけ?(笑)。
宮崎
昔の松尾さんのお芝居はなんであんなにテンポ速かったんでしょう。っていうか松尾さん、「テンポ速く」って演出されてましたっけ?
池津
うん。初期の頃はすごく言われましたよ。「お前の生理はいらない」って。
宮崎
生理?
池津
たとえば、「私は本当はこう思ってる」的な、自分の葛藤する気持ちを伝える台詞があったりするじゃない? その台詞を言う時に、ちょっとためたりしようものなら、「お前の生理はいらないから、早く言ってくれ」って。「そこ、あいだ空けないですぐ言ってくれ」って。
宮崎
「あいだ空けないで台詞言え」は、よく言われました。「生理いらない」は、言われた記憶ないですね。
池津
吐夢さんは、存在自体が生理だから(笑)。そこが吐夢さんのよさだから(笑)。うちの中では、わりと「ご自由に」って感じでしょう?
宮崎
いえいえ。でも「そこはのびのびとやっていいよ」と言っていただくことはあります。あと昔よく言われたのが、「もっと上手く」。「もっとプロの俳優っぽい演技で」と言われたこともあります。
池津
あははははは。
宮崎
「台詞をちゃんと言え」ってことだとは思うのですが(笑)。
池津
スピード感ってことでいうと、本番に入ってから想定していたのよりちょっと芝居が長かったりすると、翌日「今日は5分巻いてください」とか言われたよね。
宮崎
はい。「全体を1時間45分におさめるつもりで」とか。
池津
で、みんな微妙に、自分の台詞の中でこれだったら巻いて言ってもいいやって思うところをちょっと速く言ってた。
(長坂)
すごい! みんなそんなことやってるの? 池津さんだけじゃないの?
池津
いやいや、絶対みんな一丸となってやってますよ。ほんとにそれで5分巻けるんですもん。私ひとりで5分巻けないもん。
宮崎
僕は人の台詞をひたすら食ったりしてました。
池津
ええっ、そういう縮め方?(笑)。自分のところは速くしないの?
宮崎
人の台詞の語尾を気にしないで食う。
池津
その発想はなかった(笑)。
宮崎
それか自分の台詞も、ところどころはしょったり。
池津
ほんと自由だね(笑)。でも、きっと松尾さんも、最近はそこまでテンポ優先な演出にしようとしてないでしょ。最近は、「この役の気持ちを丁寧に見せたいんだ」みたいなことを、真面目な顔で言ったりしますもん。
宮崎
そもそも、登場人物の内面とかそういうこと、松尾さんと話す機会が昔はほとんどなかったですからね。
池津
そうだね。
宮崎
僕、劇団に参加して1年目くらいの時に稽古場で「質問禁止」って言われたことがあるんですよ。「温水(洋一)は質問しないよ」って。まあ、その頃は僕、何も出来なかったから、「そうやって出来ない言い訳をつべこべせず、いろいろ考えないで、ただただ演技しろ」ということだと。うちの稽古場って、「この役は?」的な話しないですよね。
池津
松尾さんがそういうのが好きじゃないことを、なんとなくわかってるからじゃない?
宮崎
でも、『ウェルカム・ニッポン』(2012年)の時だったかなあ? 僕、なるべく稽古場に早く入るんですけど、松尾さんが近づいてきて、「宮崎くん、あのさあ……」って言われたから、また何か怒られるのかな?と思ったら、「今回のお芝居のこの役の寂しさというのはね……」って、役柄の内面を細かく説明してくれたんです。
池津
『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』(2016年)の時も、松尾さんが役者ひとりひとりにすごく役の説明を丁寧にしてくれましたよ。その時間をちゃんと設けてたし、休憩になっても、近寄ってきて芝居の話をするの。あれ、わかっててもちょっとドキドキするよね。
宮崎
今回は、そうやって役の説明してくれても、「これ、ひょっとしてドッキリなんじゃないか?」って疑ったりしないように気をつけます。
『業音』再演に出演することを聞いた時
池津
私はたぶん、平岩さんから聞いたんですよ。「『業音』やるんですよ」「へぇー」なんて言って。私がやる役柄も、「宇都宮にいた時はイケてて上京して挫折する若い兄妹の妹役」っていう。そこでまず不安になったんだけど、ひょっとして設定を変えるのかなあ?と思って、松尾さんに「あの役って、年齢を変えたりするんですか?」って聞いたんですよ。そしたら「変えない」って。「えっ、10代の役でしたよね?」「うん、コギャル」って言われました(笑)。
宮崎
「ほんとは47歳の自称コギャル」じゃなくて、「本物の10代のコギャル」?
池津
っていうつもりで言ってたと思うよ。
宮崎
「大竹しのぶが『にんじん』で38年前にやった少年役やるし、しかも中山優馬の弟の役やるんだし、まあいっか」ってことなんですかね。
池津
ははははは。
宮崎
僕も不安というか、疑問でした。内田滋くんが24歳の時やった「超美形」と台詞にも出てくるような役を、どう間違ったら46歳の……冴えないふっくら中年にやらせようと考えるに至ったのかと。
池津
昨日の芝居の扮装では美人でしたよ。
宮崎
「湯山玲子」って言ってたじゃないですか(笑)。
池津
だから、ぽっちゃり美人ですよ。
宮崎
初演のあの美形の兄妹が20年後、すっかり劣化しちゃった役みたいに考えればいいんですかね。
池津
吐夢さんの役は、初演でパンツ一丁になるシーンがあったけど、パンツ一丁はNGじゃないんですか?
宮崎
映画で何度か全裸ベッドシーンとかもやってるから、今さら松尾さんに「僕、裸NGです」とは言えないですけど、気持ち的には、全然NGですよ(笑)。 でも、僕以上にお客さん的にNGなんじゃないかって。
池津
そうなんだよねえ。お客さんがNGを出すんじゃないかっていう不安が。
宮崎
何よりフランスのお客さんが全員NGを出すんじゃないでしょうか。
池津
「ノンノンノン」って(笑)。
宮崎
パリジャンたちが一斉に立ち上がって「ブー!」(ブーイングのポーズ)。初演では美少年の内田滋くんに皆川(猿時)くんがパンツ一丁で絡みつくのがエロくて面白かったけど、似たような体形の僕に皆川くんが絡んでも、単なる中年デブ専ホモビデオですよ。
池津
おふたりともカブトムシみたいな体型で。
(長坂)
あれ? 松尾さん、痩せてもらうって言ってた様な……。
宮崎
それ、俺、聞いてないですよ。
池津
ええーっ。
(長坂)
何かの取材の時、「俺と皆川と宮崎が出てきたら、日本の俳優ってみんな太ってるって思われるから、まずは宮崎に痩せてもらう」って言ってた気がする。
宮崎
っていう話を、なんで僕はこの段階で、事務所のどなたからも聞かされてないんでしょうか 。
池津
時間かかるもんねえ? あたしたち。
宮崎
池津さん、『ドブの輝き』(2007年)の時、なんか頑張って痩せてましたよね。どうやって痩せたんですか?
池津
エステ、エステ。水着で客席を練り歩かなきゃいけなかったのよ。
宮崎
エステって具体的に何するんですか?
池津
ちょっと強めに圧をかけて、リンパ流してもらうの。あとは夜の食事を控えめにしたり、稽古場の行き帰りを早足で歩いたりとかしたかな。運動しないと落ちないよ。筋肉量上げて、食事をちょっと減らす。宮崎くんはすごい飲むから、お酒を控えたら痩せるんじゃない?
宮崎
そうかあ。あと初演で、内田くん、なんども皆川くんにビンタされてましたよね。やだな〜。
池津
皆川くんビンタ上手だよ。ただ(手の)厚みがね? 加減しても重いんだよ。けっこう衝撃が走る。
宮崎
松尾さんってビンタよける俳優を嫌うじゃないですか。でも僕、いくら嫌われようが、とにかくビンタが嫌で。「自分、ビンタ苦手であります」みたいな雰囲気を25年間ずっと出し続けていたら、ビンタシーンだいぶなくなったんですよ。
池津
初期の頃は多かったよね? 往復ビンタされて、さらにもう一回ビンタされる役とか。
宮崎
ビンタって、まだ本番だけならいいんですけど、稽古でも何度もやられるじゃないですか。そうするとほんとに稽古場に行きたくなくなるんですよ。体がすくむんです。登校拒否児童みたいに。あと、『イケニエの人』(2004年)の中日過ぎに、池津さんにビンタされて片方のあごの骨が外れたんですよ。
池津
ええっ! まじで? ごめん!! それ、私知ってる?
宮崎
いや、言ってないと思います。日曜の夜公演であごがズレて、翌日の休演日、東京医科歯科大学の顎口腔外科に行ったんですよ。医者の友人に紹介状書いてもらって。
池津
やだー、ごめんね……。今になって、なんの告白よぉ。
宮崎
そのくらいビンタが嫌だという気持ちを、この場を借りてどうにかお伝えしたくて。
池津
でも『業音』の初演って、そんなに回数やってないですよね。
(長坂)
草月ホールで20回ですね。
宮崎
今回は40ステージ以上ある上に、最後はパリ公演までありますから。以前、『マシーン日記』(再演・2013年)でパリに行った時のお客さんはどんな感じでした?
(長坂)
パリ日本文化会館でやるので、日本の文化に興味を持ってくださっている前向きなお客さんがいらしていただいているという感じがありましたね。あとねえ、昔のお客さんを思い出して、懐かしかった。昔、私たちが駅前劇場とかでやってた時って、前のめりなお客さんたちばっかりだったじゃないですか。
宮崎
まあ隙あらば笑おうと喰らいついてきましたね。
(長坂)
それを、パリですごい思い出したんです。何をくれるのか待っているのではなく、自分で持って帰るという気持ちで来てくださっているお客さんたちだったから。今回も変わらず前のめりなお客さんが来てくださるといいなあと思うんだけど。
『業音』とはどんな作品なのか
池津
すごくストレートな本なんじゃないですかね。松尾さんが繰り返しやっているテーマ、好きなことを、ほんとにそのまま言葉にしているし、出てる人に語らせている感じがします。人と人との関係性で見せる物語だと感情移入もしやすいけど、『業音』は観ている側が感情移入しづらいかもしれません。登場人物達の勝手な言い分、欲望のぶつけ合いですから。でも、その「勝手さ」の中に人間のどうしようもなさが見えるといいなと。難しいけどやりがいがありますね。気を引き締めてやらないとなあって。
宮崎
僕は、お腹も引き締めないと。
池津
ははははは。
宮崎
『業音』がどんな作品か一口で説明するのは難しいんですけど。これは個人的な印象ですが、松尾さんの作品のなかで、ある種の到達点とでもいいますか。たとえば「松尾さんの最高傑作は?」と聞かれたら、『キレイ』を挙げる人もいれば、『ふくすけ』や『ヘブンズサイン』という人もいるでしょうし、人それぞれだと思うんです。でも一番とんがっているというか、僕の知る限りで最も混とんとしてて、なおかつ一番振り切れている作品なのではないでしょうか。非常にぼんやりとした物言いで恐縮ですが。あと松尾さん、『キレイ』のあとくらいに、急にコンテンポラリーダンスに興味を持たれて、「いつかダンスだけの作品が作りたい」と言ってたことがあります。でもすでに『業音』で、「コンテンポラリーダンス公演」といってもいいものを作られてた気もします。
池津
康本(雅子)っちゃんのダンスも凄いし、みんな、かなり踊ってて、小道具の動かし方とかスタイリッシュな感じしたしね。
宮崎
ええ。
池津
セットの無機質な感じとか、かっこよかったんですよ。うちらも踊りたいよねえ?
宮崎
うーん。
池津
あれ? あたし踊りたーい(笑)。
宮崎
ちょこっと踊るんじゃないですか?
池津
もっと踊りたい。ダンスシーンいっぱい入れてほしい(笑)。
宮崎
いやあ、めまいしますよ。いまやってる舞台でのダンスも、終わった直後、めまいと吐き気、ついでに耳鳴りまで鳴るんです。今までもダンスのあとは袖でハアハア言ってましたが、最近はどうもその先の嫌な予感、死の予感みたいなのに毎回襲われるんです。
池津
やだー(笑)。
宮崎
だから、気安く踊りたいとか言ってると痛い目にあいますよ。
池津
私の印象では吐夢さんっていつもあれぐらい踊ってるイメージなんだけど、それでもきついんだ。
宮崎
はい。まあ、そんなこんなで。松尾さんの作品のなかでは極北? って言葉の使い方あってます? とにかくそういうのが、『業音』なんだと思います。